筆者はSonyが提供しているPlaystation plulsというサービスに入っている。そのサービスにはゲームカタログというものがあり、300本以上のラインナップされたゲームが遊び放題という特徴があり、実際に買うのではなく感覚としてはゲームをレンタルする感じで遊べる。このサービスの良い点は、実際にゲームを買わないので安く済み、無名から大型タイトルまで幅広いゲームを自由に選んで気分に合わせてやりたいゲームをプレイできるところだ。ゲームを買ってそれ一本をクリアするまで遊ぶといったそれまでの感覚とは違ったゲーム体験は、買い切りゲームをプレイすることへのハードルの低下になる。結果、業界の主流になると思われるサービスだと筆者は考える。

両面があるということ

週末に西都原古墳群に行った。この際西都原考古博物館に寄ってきた。この博物館では、西都原古墳群の古墳の形態や、西都原古墳群から発掘された物をベースにしてわかることをについて、一般向けにわかりやすく展示している。縄文時代から弥生時代、古墳時代が対象のようで、その時代に使われていた矢尻、包丁、釣り針、鉄器、土器などが多い。

この博物館は、展示されている発掘品もそうなのだが、発掘品から何が読み取れるかということ押し出している点が面白いと思う。

弥生時代というと農耕のイメージがあるが、農耕文化の伝播にも地域差があったようで、弥生時代においても旧来の生活を維持し続けた文化もあるということらしい。それについて、博物館では、どの文化が優れているというわけではなく、それぞれに意味があるのだというふうに説明している。まぁ確かに考えてみれば優劣というのは、ある価値観(大抵は文化や主義)があって初めて生じてくるものではある。弥生時代あたりでいえば、農耕文化を取り入れている地域のほうがより安定的で文化的であるわけで、それは文化的に優れているような気がする。ただ、一方で、自然との共生を美とするような価値観で考えてみると、自然破壊を行なって発展していく農耕文化というものは必ずしもいいものではないかもしれない。物事は両面あるということで、多面的に考えてみることが大切だということだ。

今が一番時間があるんだということ

 家族が病気になったことをきっかけに地元に帰省することになった。地元は人の出入りが少なく、地域社会が完全に固定化しきっている町で、近年で街全体の高齢化も顕著になって生きている。そういう人々と話したりして、あらためて人生設計について考えたりする。
 このブログの著者は3人とも20代で、将来への漠然としてた不安を抱えている。その一方で、時間的猶予を多く持っていて、なんなら延々と人生が続いていくものという錯覚すらを起こしている。僕もその例に漏れないのであるが、地元で色々話をしているうちにその認識も修正されてきつつある。
 父親とドライブをしている時に、父親が自分の今後について語っていた。父親は僕の祖父(父親の父親)のこの頃の仕事の様子を見て、自分も今後はこういう感じになるだろうということを言っていて、それが自分の人生だと言っていた。そこには、落とし所を見つけたという安心感と達成感が感じられたが、それと同時に、これ以上のスケールを目指すような、そういう衝動的な何かはもうなくなってしまったのだなぁという印象も覚えた。50代は勝負に出て一発当てるというフェーズではもちろんないし、支える家族もあるのでリスクを取るのはできればやめていただきたいというのが本音ではあるが、それでも、終着点を意識した人間の発言には寂しさが感じられる。
 我々にしてもいづれはそういう終着を見据えた人生設計をしなければいけない段階がいつかはくるのであって、将来どうしようかとか言って模索を続けたり、衝動的にバカみたいなことをやったりできる時間は延々ではないのである。
 要するに何が言いたいかというと、今が一番時間があるんだということを認識しないといけないということで、今やりたいことは今全部やっておいた方が良いのだ。未来のどこかでは時間的余裕が持てるはず、という謎の楽観的推測を多くの人がしているが、そんな未来はないのである。今が一番時間があるんだ。
 ということで、卒研を理由にUnityの勉強を先送りにしていたけど、余暇時間を使って真面目に勉強します。
 みんなもやりたいことは今やっておいた方がいいよ。とりあえずカレンダーを見て、スケジュールをきちんとロックしたら取り組めるはずでしょ。

良くない心境

 本日の会議は執り行われない。HoriKが卒研等で忙しいからである。それを疎かにしてゲーム開発をしろと言う気は毛頭ない。

今回問題として挙げるのは今の私の心境だ。今、開発の進みが悪い原因が自分でないと考えて安堵してしまった自分が居る。

これは本当に良くない気がする。自分もそのうち忙しくなるだろう。もっと自分が今のうちにやれることやるべきだ。

書くより読む方が難しいってこと

 どこかで書いたかもしれないけど、やはりプログラムというものは書くよりも読む方が難しいと思う。ここに難しいところがあって、というのも、読まないことにはどうやって書いたらいいかわからないのだけども、読むのは書くよりも難しいのである。だから、どこかのタイミングでものすごく頑張る必要があって、僕はその壁を数年かけても突破できていないな、と常々反省しつつも何とかしようとしている。当然ここでいう書くというのは、基礎文法の練習とかそういうレベルの話をしているわけではなくて、もっと高いレベル、OSSのコミットするつもりで書いたり、売り物にするために書いたりするレベルのはなしである。そのレベルに達するためには、やはりそのくらいのコードを納得感をもってスラスラと読めるくらいでなくてはならないだろうと思う。Code Reading(Dimids Spinellis, 2016)をみると、優れた作品を読まずに素晴らしい小説をかける小説家がいるか、という話が載っていてそれにひどく納得してしまった。
 とはいえ状況を改善するための努力はしようと思っていて、というのも、ここのところ毎朝githubからソースを落としてきてそれを読んでいる。まずは有名どころで普段使っているものから読もうと思って、gnu coreutilsを読み始めた。cat、echo、ls、と有名どころのコマンドの中身を調べている。色々な人の目が通っているので単純にコードとして優れているというだけでなく、Linuxのマクロやシステムコールを色々と使っているというところも勉強になるポイントである。自分のレベルではソースだけで読解するのは厳しいので、参考サイト、特にMizure's BlogのDecoded : GNU coreutilsを見て変数や関数の意味を確認したりしている。有名どころを読み終わったら、utility以外のもっとアプリケーション寄りなものにも手を出して、徐々にレパートリーを広げていきたい。もう少しで初めて1ヶ月になるが、かなりの学習量がこれによって得られるような気がしている。ただし、実力はまだ上がっていない。今後に期待。

書き方忘れた

 しばらくブログを書いてなかったせいで、これまでどういう流れで更新をかけていたのか、という流れというかワークフローというか、そういうものを完全に失念してしまった。とりあえず週1更新くらいの頻度で書いてリハビリしていこうと思います。
 今週は調子が良い日が多かったし、週末も悪くない感じだったので、少なくとも今年については一番辛い時期は超えたかなという感じがする。今後どうなるかはわからないけど、夜は眠れているし、食事もできている。

AFKして荒城へ。

 静かな部屋でキーボードを毎日叩いている。聞こえるのはエアコンと冷蔵庫の駆動音とキーボードのタイプ音くらいのものだが、頭の中は不安と焦燥で騒がしい。この頃こういった調子が続いていて、定期的なAFK(Away From Keyboard)も必要なのだということを再認識した。そこで、学校の勉強に関わるものや事務的な仕事は平日のうちに行い、土日はタスクを離れて休息をとる日として、切り分けることにした。
 また、こうしたことを取り決めたタイミングで良い本が手元に回ってきた。いろは出版から出ている「365日 九州・沖縄 絶景の旅」である。
 夏休み期間中に非常に落ち込んでいた僕を元気付けようとして母親が送ってくれた本。九州各地の絶景スポットを解説とともに365スポット紹介している。各ページには臨場感たっぷりに撮影された画像とともにそのスポットについての端的な紹介がなされている。その気になれば行ける距離にこんなにも多くの観光スポットが存在していたということに驚かされた。そして、これをきっかけに行ける距離にある観光スポットを調べ始めた。
 かくして、毎週はできる限りAFKをして、外出することにしたのである。
 本日は大分県豊後竹田市。瀧廉太郎ゆかりの地として有名なこの町である。交通手段は電車。大分駅から豊後竹田駅までの普通列車が出ているのでそれに乗る。
 瓦を張った駅舎は崖を背景にして、荘厳な佇まい。駅舎の前には橋がかかっていて、その下には稲葉川が流れる。

Mt.A 2023 ver.りりん


前々から行くことは話に上がっていたのだが、結局今年は行く二日前に決定を出したので残念ながらなすしは参加出来なかった。来年はもうちょい早めに予定合わせて一緒に行きましょう。

行く四日前に会議で日程だけ決まって、あとはHoriKの家に遊びに行って決めた。朝9時俺んち集合。

当日。珍しく集合時間の少し前に準備が終わった。そして親同士の挨拶もそこそこに車に乗せてもらい麓まで。前回は昼食を買ってそこから麓まで歩いて行ったが、わりかしこれが長く、体力を削るのである。今回は下山後に飯を食いにいくことにした。どこまで影響するか分からないが荷物の量が減って体力温存に繋がるかもしれない。疲れた後に店までいくのはどうなのかということもあるが、どうせ下山後にイオンには行くんだよな。

麓から歩き始める。後は雑談しながらただ登る。今年も時々カメラを回し会話を撮ったりした。今年は二人とも正気だった。HoriKは幻覚を見なかったし、私の日本語も去年より成立している。やはり朝早くの出発と麓からのスタートが効いている。ポカリを飲みながらなのもよかっただろう。去年は途中で屋根の下で休憩を取ったが、今年はそのまま進んだ。ただこの辺で「もう話すことないやんけ」ってなった。それでも結局グダグダ話すのだが。


山頂にいつの間にか着いた。とりあえず展望台へ。展望台では何か某河川の曲が流れているが、音質悪くてほぼほぼ歌詞分からん。だからそこに歌詞ボードが置いてある意義があるのだよ。展望台の最上階に行ったが丁度屋根がベンチを守ってくれない日当たりだったので下の階へ移動。ここでしばらく雑談。

ウィンドウショッピングとコーヒーフレッシュ

 おおよそ日報のようなもの。昨日はウィンドウショッピングをしたり、IPAのレポートを読んだりしていた。蔦屋と一緒にはいっているコメダ珈琲でアイスコーヒーをのんだ。コーヒーについてくるミルクがミルクじゃないっていうことを初めて知った。振り返ってみると、コーヒーフレッシュとかクリーマーとかそんな名前で出てくることもあって、そんなものが純粋にミルクハズがないというのは、それもそうか。Wikipediaを見てみると植物性油脂と水を乳化剤をつかって混ぜ合わせて調整を加えて作るものらしい。

快適な生活と本日の勝者

今現在、実家にいる。そして、それは自分の生活に多大な影響を及ぼしている。なんと、今までサボりにサボったニキビ治療をちゃんとやっているのである。毎日朝夜に顔を洗い薬を塗る。一日に余裕が出るだけでは達成できない。家族がいると適度な緊張感をもって取り組める。まぁいいやという気にならないのだ。単純に鏡が見やすい位置にあることも影響がありそう。そして、HoriKほどきっちり時間を決めているわけでは無いが、ちゃんと一日が朝昼夜で構成されていることを感じられる。カーテンの開け閉めが存在し、3食飯がでてくるからだろう。私のアパートはカーテンを開けても明るくなく、作業に支障を来すのでずっと閉めっぱなしだ。あと、今は寝るときにちゃんと電気を消している。学校中は寝坊するんじゃないかと思うと恐ろしくて電気を消して眠れなかったが今は心配ない。というか、まず夜だから寝ようということ自体久しぶりだ。実家帰るまでここのところずっと寝落ち以外で寝ていなかった。何はともあれ今めっちゃ健康的に生きていられる。素晴らしい……。
そして、買った本のうち一冊、インディーゲームサバイバルガイドを数日前に読破した。そして次の本に入ったのだが、これが思ったより進まない。多分脳味噌が考え方の上書きに少し抵抗出してるのかな。ま、読みますよ。
そして、本日ついに、ゲームのチャプター1に必要な最低限のマップを書き終えたのである。やったああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
こうなるまでに必要なマップをまとめたチェックリストの✕がなかなか減らなかった日々があった。妥協は正直入ってる。それでもやっと一つ進めた。ま、こっからそれを素材として投げる作業はあるが、とにかく本日の僕は勝者である。

鍵の送付とミニマリズム

 おおよそ日報のようなもの。昨日はアパートに鍵を送付したり、nginxについて色々と調べたり、ミニマリズムについて色々と思い出したりした。

 アパートの漏水問題への対応工事の日程について配管工から電話を受けた。ちょうど帰省しているタイミングで帰れない(帰る気がない)ので不動産立会いの上で、不在の間に工事できないかという話をした。近年は管理会社は鍵を持たないことになっているらしい。ということで鍵を送付した。郵送で鍵を送るというのは若干心理的抵抗があるが、致し方なし。

 nginxはwebサーバソフトの一種である。apacheやiisあたりと並んで有名なソフトウェアで、軽快な動作がその特徴である。raspberry pi上で動かすことを考えると色々とnginxが都合が良いので導入を試みている。導入すると設定ファイルとかもろもろ作成されるのだけど、よくわからない。どこに何を書けば設定が変わるのか模索している。nginx関連のAPIも結構あるようで、これも色々と調べておきたいところ。なにはともあれドキュメントを読むことが寛容だ。

生活改善項目

 おおよそ日報のようなもの。この1週間はきちんと生活習慣を整えるということに注力していて、起床時間と就寝時間を一定にそろえたり、毎日1時間くらい運動したり、起床後の散歩を行ったりした。平日は9:00 - 17:00で研究にまつわることを行い、日曜日と祝日は完全な休暇とした。結果として、普通にパソコンに向かってドキュメントを整理したり、調べ物をしたりできるレベルには回復した。規模の小さいモノならプログラムも扱うことができる。回復の追い風になったものとして家族とのコミュニケーションが取れるという点がある。いつでも話し相手がいるということはメンタルを保つ上で非常に重要だと思う。

 一人暮らしを再開した際に改善するべき項目を列挙しておきたい

・公私を切り分ける。問題に取り組む時間を制限する。平日なら9:00 - 17:00だけ取り組む。

・休日を作る。目下の課題のことを考えない日を作る。休みなく続けるということはやめる。

・就寝時間を固定化する。平日、休日関係なく23:00には就寝する。6:30には起床する。

・起床後の散歩を欠かさずに行う。(悪天候を除く)

・他人との会話を伴うイベントに参加する。

・休日は出かける。

暗中

  おおよそ日報のようなもの。この頃は割と本格的に精神をやられてしまっていて、なんとか実家に帰ってきたものの、やれ不安なり焦燥感なり能力不信なりで集中してコンピュータに向かってじっと考えることが難しい状況であった。1年半くらい前から、この問題にハマり込んだ感じの絶望感と焦燥感が続いていて、日に日にひどくなっている実感がある。コンピュータに対しての熱意も失いつつあって、ほとんど恐怖の対象にかわりつつあって何も手につかないから、休学も視野に入れているみたいなことを親に話したりして、気持ちはわかったのでとりあえず今日明日休んで、今後について考えたら、というのがとりあえずの着地点。

 そういうわけで昨日は完全な休日とすることにして、PCの電源もつけなかった。手前3年間でキーボードを打たなかった日というのはおそらく1日もなかったと思うので、かなりイレギュラーな1日ではあった。

 結果として、夕方には多少なり気分が良くなった。これまで公私をほとんど区別せずに昼も夜もずっと気を張った状態でいて、これが不調の原因の一つになっていたことはまず間違い無いと思う。研究活動をしたり、発表資料を揃えたり、基本的には気のめいる作業であって、これを公私わけなくやって、かつ、人とのコミュニケーションもなく一人で部屋にいてって、振り返ってみれば不調にならないほうがおかしいか。

 周りがバタバタしているなか帰省するのは憚られるところもあったが、続行して夏休みに悩み続けていたらどういう結果になったかわからないし、そういう意味では実家に帰ってきてよかったというか、助かったというふうに思う。

 今後についてはまた考える。

 とにかく今は元気がないので、ゲーム開発もできそうにないです。すいません。

先人の知恵を借りよう



すっげー今更なのだが、遅々として進まないゲーム開発のために本を購入した。俺が考えられることなんて限りがある。

一冊目は「インディーゲームサバイバルガイド」。表紙の上部にも書いてあるとおりやらなきゃいけない面倒くさいことがいっぱい載っている。二冊目は「マンガ・イラスト・ゲームを面白くする異世界設定のつくり方」。設定を考える用なので少しは気軽に読めるだろうか?

現在、一冊目の五分の一を読んだ。素人の自分には開発初期にゲームの規模なんて分からなかったかもしれないが、本の中では徐々にゲームのサイズを大きくすることが勧められていた。今更だが、もっと単純なゲームを作ることを重ねて経験値を得るべきだったようだ。ギリ救いがあるとすれば、とりあえずチャプターで区切ってチャプター1を完成させようという発想はできていたことか。これが無かったらマジで何も終わらなかったかもしれない。まだ終わってないけど。また、ゲーム制作なんて夜中デスマーチしてナンボだと思っていたが、薄々感じてはいたが良くないんだなこれ。そして、毎日やること。これに関しても思い返すと頭が痛くなるが、まぁ悔やみすぎず「これから一ヶ月以上夏休みで時間が使えること」と、「後期は前期よりかなり授業数が減ること」を考えて、これから毎日取り組むことに意識を向けることにした。これはHoriKにも貸し出したほうがいいかもな。

2冊目はもっとゲーム特化の本を探すかどうか考えたが、それやると自分の性格上そのままずっと買わないだろうと思って買った。自分の好きな部分だけ考えていても終わらない。「世界」を作るためにはその周りを固める必要がある。

文字ばっかりの本を読むなんて久しぶりだし、小説とかをダラーっと読むのとは違って自分を補完するために読むから指摘として頭も痛くなるが、読み始めたので世界史の本みたいに本棚の飾りにはしなくて済みそうだ。そしてこれ一度通しで読んだ後に必要箇所に絞って何周もする必要がありそうだな。

実家帰省中に特急が止まった話

 おおよそ日報のようなもの。もう少し時間をおくつもりだったが実家への帰省を突然思い立った。ワークステーションに存在する道具という道具をスーツケースに押し込み、特急の指定席を取って出発。スーツケースは想像の数倍重量があり、持ち上げるだけで一仕事である。特急の出発地点に到達する手前で既に心が折れそうになっていたが、五千円を不意にするわけにもいかないのでとにかくひきずって進むことにした。
 特急には無事乗り込むことができた。特急なんて普段乗らないので勝手がわからない。とりあえず指定席の車両の後方の荷物置き場にスーツケースをおく。雰囲気は非常に落ち着いている感じで、静かではあるが非常に暑い。車掌曰くエアコンが故障しているとのこと。その後、別の車両に移動するように言われた。あまり物の席はボックス席で、エアコン故障の指定車両で居合わせた旅人と同じボックス席に座ることになった。その人は関東の人のようで九州一周旅行にこの車両を使っているということだった。
 走行を始めてから1時間ほど、山間部を走行中に、いかにも秘境という感じの無人駅に停車し、停車後とつぜん電気が落ちる。どうやら停電が起こっているらしい、復旧を待てということなので落ち着いて待つ。それから10分ほどして車掌がやってきて、どうやら復旧にしばらくかかりそうだという話。さらにしばらく経って、バスを手配するのでそっちに乗ってくれという指示が出る。わーお、特急わーお。
 外に出ると山、山、山、少しばかりの住宅街。美しい場所ではあった。駅舎を見ると電車の時刻表が貼ってある。1日に3本しか電車が来てない!すごい!とかいって周りの人と盛り上がった。

リアルタイムCTFでボコされた

反省会の一幕
 土日でとあるリアルタイムCTFに参加した。結果から言えば全く解けなかった。参加したCTFの問題レベルは想定上に高く、現状のチームのスキルレベルでは手が出ないものであった。
 取り組んだのは主にはrev、web、cryptoで、いずれも10時間程度粘ってはいたもののとっかかりが掴めなかった。
 rev問題は実行ファイルが渡されてそれを解析することで、実行時に望ましい結果が出るような入力方法を探す、というものが多かった。実行ファイルはstrippedなバイナリで、objdumpの結果を見ると2万行を超える命令列が並んでいた。おそらくは動的解析で解くことが期待されている問題で、静的解析で解くことは相当にアセンブリに精通していないと厳しいと思われた。とはいえ、シンボルが落とされているので動的解析しようにもどこにブレークポイントを打つべきか検討がつかなかった。そして、そもそもチームの動的解析への習熟度が低いというのもあって静的解析に安易に流れた。そして、タイムオーバ。

7月分のリアルタイムCTF前夜

  おおよそ日報のようなもの。明日から2日間、クラスメートと一緒にリアルタイムのCTFに参加することになっているので、昨日今日はpicoCTFのWeb問題を解いたりしていた。リアルタイムCTFには月に一回出場して、合間は常設CTFの問題を解いていく、というスタイルで今は練習している。前回のSECCON Beginnersに参加して以降の2ヶ月間でpicoCTFの問題をそこそこ解いてきてた。

 今回参加するCTFはcorCTFというもので、2年前の夏に参加して手も足も出ない感じだったCTFである。自分がどれくらい成長できているかがわかると思う。今だったらRev、Forensicsなど、問題内容が複雑でなければ手を出すことができるかもしれない。ネットワークについても半年間でかなり勉強してきたので、じっくりとパケットを解析して手掛かりを掴みたい。

 明日の9時から48時間、できる限りのことをやりたいと思う。

見積なき清掃

 おおよそ日報のようなもの。昨日は学校の清掃活動を行ったりしていた。そろそろ夏休みが近づいてきて高校生がオープンキャンパスに来たりする時期になっているということで、せめて自分の学部の周りくらいは清掃しましょうという話になったらしい。そこでゼミの学生と教員とでビニール袋と火バサミをもってゴミを探索した。ただ、探索を始めた結果、キャンパスは意外と綺麗ということがわかってしまい、なかなかにゴミが集まらない。我々一行は同じところを3周くらいしてみたものの、ついぞ袋に何も入らず。流石にこのままでは清掃の成果を主張できなくなり色々とまずいので、木の麓に落ちている放っておいても問題なさそうな落ち葉とかを拾い始めてことなきを得た。とりあえず今日は清掃活動という体が保たれていてればよかったのである。きちんと清掃したいなら、どこにどれくらいの清掃が必要なのかあらかじめ分析しておくべきだった。それをしなかったらから不必要に労働力を多く動員することになり、かつ、動員された人間(我々)もとりあえず成果らしいものを見せるために重要度の低いアクションを取らざるを得なかった。なんだか、公金が重要度の低い事業のために流出していくのも結局はこういう構図なのだろうということが肌感覚として理解できた、微妙な感じの体験だった。

picoGymと漏水問題、夏休みの取り組み事項など

 おおよそ日報のようなもの。昨日はpicoCTFの問題を解いたり、天井からの漏水問題に対応したり、夏休みに取り組みたいことを整理したりした。

 picoCTFの中にはpicoGymという過去問をまとめたページがあって、ここの問題を解いている。全体で330問程度の問題が用意されていて、それらを日に3問くらいのペースで解き進めている。回答数は機能の段階で96問なので、問題数だけで言えば1/3弱くらいのところにきている。スコア上では進捗は全体の1/6程度になっていて、問題数の割には少ないと感じるが、基本的には後半にいくにつれて問題も難しくなっていくので実際のところは1/6のほうが正確なのかもしれない。picoCTF内でクラスルームを作ることもできるので、そこで(リアルの)クラスメートと(picoCTFの)クラスルームを作って、毎週なにかしらの問題を宿題に設定して解いたり、といったことをして楽しんでいる。そろそろリアルタイムCTFもあれこれ参加したいということで、来週末にクラスメートと予定を合わせてcorCTFに取り組むことにした。2年くらい前は手も足も出なかった印象だが、果たして二年間でどれくらい成長したのだろうか。今後の方針としては、定期的にリアルタイムCTFに参加し(1月に1回とか)、それ以外の日はpicoGymの問題を解くという感じ、少なくともpicoGymの問題を全部解き終えるまではそれでやっていくつもりだ。

宅習帳を埋める大学生

 おおよそ日報のようなもの。答えのない問い、あるいは簡単には答えが出そうにない問いについて考えるのはなかなか重労働である。そして、重労働であることがわかっているので着手も遅れがちだ。

 この頃はこのブログでも何度も書いている卒業研究のための考え事がそれに対応している。これは僕の場合に限らないようで、卒業研究について調べてみると、いかに現実逃避を抑えて研究活動に身を引き戻すかについて説明する文章が散見される。

 今のところ、ノートのページ数を決めて、それが埋まるだけの考え事をすれば良しというスタイルが暫定的な最善手だと感じている。僕の場合はWord換算で3ページを日の目標にしている。最初の一行目に何について考えるかを表題として書いて、2行目以降であれこれ思索をしながら文章を書いてページを埋めていく。〜について考える、というのは難しそうだが、〜について〜ページ書く、だといかにも簡単そう。簡単そうに感じるというのはとても大切で、人は基本的には簡単なものを好むものなので、取り掛かりの心理的ハードルが下がる。

 そして、ノートを書いているとそれ以外にも色々と恩恵を受ける部分がある。書いているうちに考えていることの方向性とか前提とかに誤りがあることに気付いたり、対策を部分的に思いついたり、さらに考慮すべき部分に気づいたりする。やはり、思考はテキストベースで行われた方がきちんと地に足をつけて進める感じがして安心だ。頭だけで考えていると、少なくとも僕の場合は途中の過程が抜けて結論が飛躍したり、前提を途中ですり替えたり、ということがおこって変な結論を導きがちなのである。

 このように書いていて、日に〜ページ書くというのは小中高と続けてきた宅習帳(自学帳のこと、宮崎県の県北では良く聞く言葉だがこれはどうやら方言の一種らしい。)に非常に似ていることに気付いた。なんだ、僕は大学に来てまで宅習帳を埋める作業をしているということなのか。